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花見の席で桜を見ている時間は、意外に短い。場所を探し、料理を広げ、久しぶりに会った人と話しているうちに、花は背景になっていく。それでも私たちは、この集まりを食事会ではなく花見と呼ぶ。桜の美しさもさることながら、同じ季節を誰かと確かめることに意味があるのだろう。
満開の木だけが桜の魅力なのではない。咲く前には天気予報のように開花を待ち、散り始めれば道に重なる花びらを惜しむ。見頃が短いからこそ、来年も同じ場所に来られるとは限らないことまで意識させられる。この季節ならではの落ち着かなさが、人を外へ連れ出すのかもしれない。
一方、有名な公園では場所取りやごみが問題になり、静かに花を見たい人と大勢で楽しみたい人が同じ空間を使う。混雑を避けるなら早朝に行くに越したことはないが、便利な方法だけを探しても解決しない。自分の楽しみ方が、別の人の春を狭くしていないかを考えることも、花を見る時間の一部である。