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大学で都市史を教える森さんは、授業を担当するかたわら、古い商店街の変化を調べている。地図や行政資料だけでなく、そこで暮らす人の記憶も重要な資料になるという。森さんが調べる商店街では、戦後に建てられた店が次々に閉まり、土地の使い方も変わっている。建物がなくなれば、そこにあった暮らしを知る手がかりも減る。森さんは買い物がてら町を歩き、店主や住民と短い会話を交わす。
正式な聞き取り調査とは異なるが、日常の場だからこそ語られる話も少なくない。行政資料には建築年や所有者が記されているが、店先で交わされた会話や季節ごとの習慣までは残らない。公的記録だけでは見えない歴史がある。ただし、日常の会話を研究に使う場合には注意が必要だ。相手が研究のための記録だと理解していなければ、その言葉を勝手に公表することはできない。
森さんは興味深い話を聞いたとき、後日あらためて目的を説明し、記録してよい範囲を確認する。名前を出したくない人の証言は匿名にする。調査を始めたころは、大学から来た研究者に何が分かるのかと疑う住民もいた。森さんが何度も町を歩くうち、少しずつ資料を見せてもらえるようになった。集めた写真や聞き取りは大学だけに保存せず、商店街の展示でも紹介している。
住民が内容を訂正したり、新しい情報を加えたりできるようにするためだ。取り壊される建物から住民の記憶に至るまで記録しなければ、町の歴史は捉えきれない。長年その場所を使ってきた人の視点を残すことが、研究を地域に返す一つの方法だと森さんは考えている。研究者が地域を説明するのではなく、地域とともに記録を作る。その過程そのものが、失われかけた記憶を共有する場になっている。
森さんは、調査対象の町を「分かった」と感じたときほど注意すると言う。住民と親しくなれば質問しやすくなるが、聞き慣れた説明を当然だと思い、違和感を見落とすこともあるからだ。外から来た視点を失わず、同時に外部の基準だけで町を判断しない。その不安定な距離を保つことが、地域を研究する難しさであり、面白さでもある。