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その日、深海で記録された低い音は、既存の分類では説明しようにも説明できないものだった。観測機器の故障も疑われたが、同じ海域の複数地点で確認された。研究班は音の正体を突き止めるため、海流、地震、海洋生物の記録を照合した。単一の原因を急いで選べば、重要な変化を見落としかねない。
未知の現象を解明せんがため、翌年には耐圧性能を高めた機器を設置した。以前より長い期間、途切れずに観測できる。集まったデータから、音は季節によって位置を変えることが分かった。
ただし、生物が発する音か、地形によるものかは断定できない。研究者は陸上にいながらにして深海の変化を追える体制を整えた。結論を急がず、公開データとして各国の研究者にも検証を求めている。
若い研究者は、正体が分からない音に名前を付けるのをあえて避けた。名前があれば議論しやすくなる一方、その名前に合う証拠ばかり探してしまう恐れがあるからだ。未知のものを研究するには、仮説を持つ力と、仮説に執着しない力の両方が要る。分からない状態を保つことも、研究の一つの技術なのである。